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2009年11月6日金曜日

ニッポンの若者の「自己満足」傾向は、目に余るように思うが……

おいらのサイトに、どのリンクから人が来ているかをチェックしてみたら、驚いた。何年も前に書いた実に下らない記事が多くの「自己満足型ウヨサイト」で引用され、そこから飛んでくるアクセスが多いのだ。ニッポン人はそれだけ「褒められること」に餓えている。ニッポンの「支離滅裂」な政治現状を見ればわからないことでもないが、悲しいことである。

「自己満足型サイト」で引用されている記事とはこれ:
Le Monde 「クール・ジャパン」ポップの超大国日本: "昨日に引き続き今日もポンス記者の報告。「日本はポップのスーパーパワー」と最近の日本の若者文化を高く評価しています。10年続く不況が高度成長時代の一生懸命主義の抑圧をぶちこわ したおかげで新しい文化が花開いた。これはアメリカの一極文化支配に対抗しうるすごいものだというのですが……そうかね? 散人は女子供文化だと思うな。 まあほめられれば悪い気はしないけど。"
おいらは、こんなのに自己満足してはいけないよと言ったつもりなんだけれど、これで有頂天になってしまう人もいるみたい。

マンガとかアニメにうつつを抜かしているような人間が多数を占めるような国は滅びてしまう。電車の中でマンガを読んでいる成人が多いのは、国辱ものという以上に、悲しい。開き直りは聞き飽きた。民度が低いだけの話。

この記事が参考になる。マンガにうつつを抜かしているアホは読め:

実は“下り坂”のジャパン・アニメ〜騒いでいたのは関係ない人たちだけ:日経ビジネスオンライン: "実は“下り坂”のジャパン・アニメ〜騒いでいたのは関係ない人たちだけ


関係ない人の自己満足コールド・ジャパン症例〈自己満足〉型


細山 和由、黒澤 俊介 【プロフィール】"

欧米では分厚い本を読む人の割合が圧倒的に多いのだ。それに対してニッポン人はマンガばかり読んでいる。客観的な数字を見ると驚倒する。これじゃ日本は負ける。

この自己満足願望はマンガ読者ばっかりじゃないよ。NHKテレビを見てると「こだわりの」「手間が掛かる」「みんな一緒に仲良く」の「伝統」文化が、これでもかこれでもかと賛美され、生産性なんかはまるで無視されて、これこそニッポン文化のいいところだとのノーソンの政治的宣伝番組ばかり。これではニッポンはホントに「開発途上国」に逆戻り。栄養状態も悪化してしまう。嘆かわしいことである。

2009年8月28日金曜日

8/28 Today 大伴家持が死ぬ(785)

大伴家持 - Wikipedia: "大伴 家持(おおとも の やかもち、養老2年(718年)頃 - 延暦4年8月28日(785年10月5日))は奈良時代の政治家、歌人。三十六歌仙の一人。大納言大伴安麻呂の孫。大納言大伴旅人の子。従三位・中納言。

長歌・短歌など合計473首が『万葉集』に収められており、『万葉集』全体の1割を超えている。このことから家持が『万葉集』の編纂に拘わったと考えられている。『万葉集』卷十七~二十は、私家集の観もある。『万葉集』の最後は、天平宝字3年(759年)正月の「新しき年の始の初春の 今日降る雪のいや重け吉事(よごと)」(卷二十-4516)である。

延暦2年(783年)、中納言に昇進するが兼任していた陸奥按察使持節征東将軍の職務のために陸奥に滞在中に没した。"
家持が編集した「万葉集」抜きでは日本文化は語れない。それほど偉大な業績を残した。しかし晩年は不遇であった。

天平宝字3年正月の家持最後の歌「新しき年の始めの初春の……」以降、家持は歌を詠まぬ人となった。死ぬまで実に22年間、歌を詠んでいない。どういう心境だったのだろうか。

名門大伴家の家長として台頭する新興勢力藤原家との抗争に明け暮れ、最後はそれに敗れたと見るのが一般的な見方。家持にとっては、政治は芸術よりも大切だったのである。家持はとても真面目な人だったのだと思う。

2009年7月13日月曜日

7/13 Today フリーダ・カーロが死ぬ(1954)

フリーダ・カーロ - Wikipedia: "マグダレーナ・カルメン・フリーダ・カーロ・イ・カルデロン(Magdalena Carmen Frida Kahlo y Calderón、1907年7月6日 - 1954年7月13日)は、メキシコの画家。メキシコで最も有名な画家の1人で、特にイサム・ノグチやレフ・トロツキーとの不倫など、その奔放な恋愛遍歴は、メキシコやラテンアメリカの女性の理想像の1つとされ、何度か映画化されている。メキシコ共産党員でもあり、居室にヨシフ・スターリンの肖像を掲げて暮らしていた。1954年7月13日、肺塞栓症で逝去。彼女の生家・通称「青の家」(La Casa Azul)は、現在「フリーダ・カーロ博物館」となっている。"

なにかおっかない感じで苦手なタイプだが、トロツキーと一緒にいる映像が残っている(↓)。これでは、なかなかかわいい。トロツキーの鼻の下の長さも必見。



2009年5月26日火曜日

5/26 Today 三浦環が死ぬ(1946)

三浦環 - Wikipedia: "三浦 環(みうら たまき、1884年(明治17年)2月22日 東京府 - 1946年(昭和21年)5月26日)は、おそらく日本で初めて国際的な名声をつかんだオペラ歌手。十八番であった、プッチーニの『蝶々夫人』の「蝶々さん」と重ね合わされて、国際的に有名だった。元の名は柴田環(しばた たまき)、次いで藤井環(ふじい たまき)といった。"
余生は山中湖で暮らした。三浦環のお墓は山中湖の寿徳院にある。一度書いた(ここ)。

国際的なプレマドンナだったが、その活動はほとんど海外でのもの。日本では彼女の評価はそれほど高くはないようだ:
三浦環 - Wikipedia: "声質は様々に言い伝えられており、「どこかか細く頼りなかった」とするものや、「どちらかといえば声量は少なかったが透明感があった」とするものがある。また声楽家の藍川由美は自著『「演歌」のススメ』の中でレコード録音された三浦の演奏を聴いて「歌詞の発音や発声法、音程、リズムなど、どれをとってもけっして褒められたものではない」と評し、日本人のなかにある「三浦環 世界のプリマ伝説」に対し疑問を呈している。"

藤田嗣治と同じで、ニッポンでは「国際的に有名」な芸術家は、同業者から妬まれてしまうのかも知れない。

2009年4月8日水曜日

4/8 Today ミロのヴィーナスが発見される(1820)

ミロのヴィーナス - Wikipedia: "ミロのヴィーナスは、1820年4月8日に小作農であったヨルゴス(Yorgos)によって、オスマントルコ統治下のエーゲ海のミロス島で発見された。彼は最初、官吏に見付からぬようにヴィーナス像を隠していたが、トルコ人の官吏に発見され没収された。

後に、フランス海軍提督ジュール・デュモン・デュルヴィルは、この像を見て価値を認め、フランス大使に頼みこんでトルコ政府から買い上げた。これは修復された後に、ルイ18世に献上された。ルイ18世は、これをルーヴル美術館に寄付し、現在でもそこで管理されている。

以後、ルーヴルを出て海外へ渡ったことはただ1度、1964年の日本・京都での特別展示のみである。"


1964年の京都での展示は見に行ったが、押し合いへし合いの満員電車の中にいるようなもので、ヴィーナスどころじゃなかった。最近は展覧会なんかにはあまり出かけない。高画質のテレビで見る方が楽しめる。これこそデジタル技術の社会的貢献である。

2009年4月5日日曜日

NHK「新日曜美術館」がおしまいになった!

NHK 番組表: "日曜美術館が変わります! 新司会者は、姜尚中さんと中條誠子アナウンサーのコンビ。美術への感動、そしてその無限の可能性を見つめる。第1回は、曾我蕭白 X 村上隆。江戸時代、破壊的な絵を描き続けた絵師・曾我蕭白を心の支えにしてきた希代のアーティスト村上隆が、縦横無尽に語り尽くす。蕭白のめまいがするような奇怪で異様な作品が続々登場。蕭白の真実に迫る。"
名前も「新」がとれて、単なる「日曜美術館」に。

やや理屈っぽくなった感じ。お勉強にはこっちの方がいいのかも知れない。

2009年3月28日土曜日

3/28 Today シャガールが死ぬ(1985)

マルク・シャガール - Wikipedia: "マルク・シャガール(Marc Chagall, イディッシュ語: מאַרק שאַגאַל‎‎, 1887年7月7日 - 1985年3月28日)は、20世紀のロシア(現ベラルーシ)出身のフランスの画家。"


合掌。

ここでシャガールの絵をたのしめます:

Famous Artists Gallery: Marc Chagall

2009年3月15日日曜日

『繪本 即興詩人』(安野光雅)

絵本 即興詩人「羅馬に往きしことある人はピアツツア、バルベリイニを知りたるべし」で始まる森鷗外訳の『即興詩人』は読んでみようとは思ったことはあるのだが、例によって途中でほっぽり出した本。ところが安野センセイ、最近日経新聞で連載コラムを担当されているが、いかに『即興詩人』がすばらしいかを連発されている。これはご本人の「解説繪本」を読むのが一番だろうと思ってこの繪本を読んだ。絵が素晴らしいし、森鷗外の雅文を適宜引用されながらあらすじを紹介されている。安野センセイの作品登場人物の行動に対するコメントもあり(こんなことをしたらいけませんとか)、原本を読んでみようという気にさせる本で、たのしめます。

安野光雅先生は、写経のように『即興詩人』を写し書きされているそうだ(専用の原稿用紙までお作りになっている)。まさに病膏肓に入る境地。うらやましい。

さて、この繪本を読んで元気づけられ原文に再挑戦。おいらの持っているのは宝文館から出たもので一冊になっているがとにかく長くて旧仮名遣いで閉口したが、ようやく読了。はっきり言ってこの本を楽しむのは画工の精神と想像力が必要だなと実感。

イタリアの風景描写が素晴らしいのだが、内容は大したことないのだ(主人公がいい子ぶりした甘ったれでお尻ぺんぺんしたくなる)。鷗外の雅文体もこれだけ長くなると閉口。正直読み終わってホッとした感じ。(でも、イタリアには昔から盗賊が多かったんだなとか、新教徒は異教徒なので強姦してもいいと言うやつがいたんだなとか、妙なところで感心した)

原本『即興詩人』は画家の心をお持ちの方におすすめ:





2009年3月12日木曜日

日経:ストラディバリウスのバイオリンを買うために自宅を売った(辻久子)

今日の日経夕刊で辻久子がバイオリンを買うために自宅を売った話を書いて居られる。大正解ではなかったか。

1973年、辻久子はどうしてもストラドが欲しくなって、夫に相談もせずに西宮甲子園の自宅を3500万円で売り払って現金を作ったという。無鉄砲この上なかったというような文章で書いて居られるが、金銭的にも大正解だったと思う。

1973年といえば、まだまだ土地バブルの時代。ニッポンの地面の値段は法外に高かった。国際比較で冷静に考えればどうしても高すぎると言うことがわかったはず。辻久子はさすが国際人だ。いまとなってはストラドの方がよほど値打ちがあったことは、誰の目にも明らかになっている。

現在に於いてもニッポンの地面の値段は(都心部の一部を除いては)異常に高い。地面の値段を高くすることが、戦後の自民党政権が代弁するイナカの利益に合致したからだ。おかげでニッポン経済はとてつもなく歪な形に奇形化してしまった。

「白河を越えれば一山十銭」(これは明治時代の薩長官僚が実際に言った言葉)だったのに、利用価値を無視した人為的な地価引き上げが行われた結果、ニッポンはおかしなことになってしまったのである。何千万円も払って「イナカで定年帰農」なんかは、決して考えてはいけません。

2009年3月1日日曜日

テレビ東京:全国の大豪邸を紹介……参った、参った!

あんまり民放は見ないのだが、今晩のテレビ東京には驚倒:
インターネットTVガイド 仰天・これが噂の大御殿だ: "日本各地の大豪邸を紹介していく。亡き父親の水産加工会社を引き継いだ北海道の男性は、夢だった”大御殿”を建てた。特に力を入れて造った庭には、五千万円近くも費やしているという。長野県塩尻市からは、牧場を営んでいる男性の邸宅が登場。家を取り囲む石垣には、岐阜県で産出される”ひるかわ石”を使っている。香川県さぬき市にある一級建築士の男性の自宅は、地元四国の建築素材にこだわって建てられた。”オール電化”に再生された長野県の古民家は、三百五十年もの歴史を持つ。童話の世界から飛び出してきたような、栃木県の不思議な豪邸もリポートする。"
イナカの金持ちはすごい!全部おいら都市貧民が余分に払わされているコストで出来た「豪邸」。これは「アプシュルド(不条理)」以外の何ものでもない。

いろいろ言いたいことがあるが、一番の問題は、これら「大豪邸」の趣味が総じてとてつもなく悪いことである。都市貧民があいつらヒャクショウに供出するお金は、せめて有効に(文化の創出に)使って貰えればまだいいのだが、何ら良質の文化の創造には繋がっていないのだ。

かくしてニッポン文化はますます「ヒャクショウ化」していくのである。ニッポン文化の将来を考えれば農村漁村既得権益集団への「富の移転」は、これ以上の放置するわけには行かないと思う。

「パリは保守的で閉鎖的だから部外者は孤独にならざるをえない、孤独に墜ちきることから芸術が生まれる」(鹿島茂)

今朝のNHK新日曜美術館で鹿島茂センセーが掲題の名言を:
パリ・芸術の都の誕生|新日曜美術館: "パリが芸術の都になった歴史をたどるとともに、その魅力をゲストと語り尽くす。ゲスト:鹿島茂さん(仏文学者)"
それが出来なかった人(徹底的に孤独になりきれなかった人)はただ溺れてしまうとも。う〜ん。

最近荷風の戦後の作品を読んでいるけど、たいていがつまらない(例外はあるけど)。荷風は、戦前も戦後も、世間との交わりを拒絶して孤独・偏屈だった。でも戦後の荷風は急につまらなくなる。どうしてこんなに違ってしまったのだろうと考えていたけど、鹿島センセーの言葉ではたと膝を打った。

同じ偏屈でも、戦うべき対象があった戦前と、戦うべき相手がいなくなってしまった戦後では、力の入り方がまるで違ってしまったということではなかったか。

荷風にとって戦前と戦後はどっちが幸せだったかは別の話。市川に住んでからの戦後の荷風は、田園散歩を楽しみ、また浅草に出かけ、まことに幸せそうである。あまり幸せだといい作品は書けないのだ。

2009年2月21日土曜日

NHK名曲探偵アマデウス:「展覧会の絵」……アマデウスお前もか!

NHK クラシックミステリー 名曲探偵アマデウス | 事件ファイル: "ムソルグスキー作曲「展覧会の絵」とは 19世紀後半、ロシアの風土に根ざした個性が際だった作曲家、ムソルグスキーの代表作。展覧会場を歩く人を表したプロムナードと、'絵'を表す表題のつけられた10曲からなる組曲で、曲によってテーマや風合いがそれぞれ違う。元々はピアノ曲だったこの曲を、後にフランスの作曲家ラヴェルが編曲したことで、世界的に知られることとなった。この多くの音楽家を引き付ける、ムソルグスキー「展覧会の絵」の魅力に名曲探偵が迫る!"

この番組はたいへん勉強になるのでほとんど見ている。でも、今晩のはとてもNHK的。「ニッポン伝統文化を見直そう!」という安易な結論。まあ、ご時世といえばそうなんだけれど、最近のテレビはこれが多いから、ちょっと怖い。

ムソルグスキーは同じロシア人作曲家のチャイコフスキーのような「西洋かぶれ」を嫌って、ロシア本来の文化を主張したのだそうだ。その「展覧会の絵」が当時のグローバリズムの担い手フランス人の編曲によって世界的に知られるようになった事実はさておき、おいら極東の辺境住民にとっては、どっちもどっち、あまり変わらないんだよな〜。

日本に於いては飛鳥時代の昔から、先進文化を取り入れようとする対外開放主義とそれに抵抗する攘夷的民族主義が戦いを繰り返し、交互に支配的となってきた。明治以降もワン・サイクルがあって、戦後また最初の50年は対外開放主義の時代。いまはその反動で攘夷的民族主義が力を盛り返してきているように見える。いやな感じである。

近頃の若い人達は、先人たちが如何に苦労してニッポンの伝統文化だとか言う農村ムラ社会文化の弊害を克服してきたか知っていない。すさまじくおどろおどろしたものだったのである。今は「無害」となったように見えても、本質はなにも変わっていないので、放っておけばゴキブリと同じように勢いを取り戻して繁殖する。昔の記憶がない若い人達には「伝統文化」は美しく見えるのだろうが、実際に経験したものにとってはまさに悪夢。NHKなどの「先祖帰り」風潮にナイーブに煽られていると、おいらはどうせ死ぬからどうでもいいけど、若い人達は今にひどい目に合うと思う。

2009年2月18日水曜日

2/18 Today 岡本かの子が死ぬ(1939)

岡本かの子 - Wikipedia: "岡本 かの子(おかもと かのこ、1889年3月1日 - 1939年2月18日)は、大正、昭和期の小説家、歌人、仏教研究家。本名カノ。東京府東京市赤坂区(現東京都港区)青山南町生まれ。漫画家岡本一平と結婚し、芸術家岡本太郎を生んだ。

かの子が小説に専心したのは晩年の数年間だった。1936年、芥川龍之介をモデルにした『鶴は病みき』で作家的出発を果たす。パリに残した太郎への愛を、ナルシシズムに支えられた母と子の姿で描いた『母子叙情』、自由と虚無感を描き、当時の批評家に絶賛された『老妓抄』、女性が主体となって生きる姿を、諸行無常の流転を描いて確立させた『生々流転』などは代表作となった。1939年、油壷の宿で脳貧血で倒れ自宅で療養していたが、2月に入って病勢が急変、2月18日、49歳で死去。"
へんなおばさんという印象だが、岡本太郎を生み育てたというだけで、とてもエライ人。

息子(太郎)宛の手紙にこんな文章がある:
えらくなんかならなくてもいい、と私情では思う。しかし、やっぱりえらくなるといいと思う。えらくならしてやりたいとおもう。えらくなくてはおいしいものもたべられないし、つまらぬ奴にはいばられるし、こんな世の中、えらくならなくてもいいような世の中だからどうせつまらない世の中だからえらくなってくらす方がいいと思う。

とても正直な人だった。

おいらと岡本かの子の作品との出会いは、びっくりするほど昔である。小学校の時にみたテレビドラマ。腺病質の子供が好き嫌いが激しく特に魚は食べない、心配したお母さんは子供の好き嫌いを直すために自宅でにぎり寿司を作る。最初は子供が好きな卵焼き、次に「白い卵焼きだよ」といってイカ。子供はなんか面白くなって嫌いな魚を食べるようになると言ったようなお話しだった。ずっと年月がたって、このお話しの原作は岡本かの子の「鮨」だったと言うことがわかった。




ちなみにこのドラマを見ての散人の感想だが、子供を騙すとはケシカランというものだった。おいらも当時は魚は大嫌いだったから。

2009年2月13日金曜日

2/13 Today ジョルジュ・ルオーが死ぬ(1958)

ジョルジュ・ルオー - Wikipedia: "ジョルジュ・ルオー(Georges Rouault, 1871年5月21日 - 1958年2月13日)は、野獣派に分類される19世紀~20世紀期のフランスの画家。

1890年にエコール・デ・ボザール(国立美術学校)に入学、ここでマティスらと知り合った。同校でルオー、マティスらの指導にあたっていたのは象徴派の巨匠、ギュスターヴ・モローであった。教師としてのモローは自己の作風や主義を生徒に押し付けることなく、ルオーとマティスという、モロー自身とは全く資質の異なる2人の巨匠の個性と才能を巧みに引き出した。

ルオーは、パリの美術学校でマティスらと同期だったこともあり、フォーヴィスムの画家に分類されることが多いが、ルオー本人は「画壇」や「流派」とは一線を画し、ひたすら自己の芸術を追求した孤高の画家であった。"


ジョルジュ・ルオーの画像検索:

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2009年2月12日木曜日

BS7「なんでも鑑定団」……すごい爺さんが現れた!

今晩の「なんでも鑑定団」には驚倒:
開運!なんでも鑑定団 紳助VS8人の刺客 目利き王決定戦 前編 - Yahoo!テレビ.Gガイド [テレビ番組表]: "開運!なんでも鑑定団 紳助VS8人の刺客 目利き王決定戦 前編「お宝目利き合戦」を開催。鑑定眼に自信のある芸能人たちが司会・島田紳助の出す難問に挑戦して、芸能界の目利き王を目指す!松坂投手の超レア品など豪華お宝が続々登場!"
数年前にこの番組に登場し、骨董の贋作を何千万円でつかまされたことがわかった爺さんがまたまた登場。あれ以来、骨董には懲りて、今は「絵画」の収集に凝っているという。億単位のお金をつぎ込んだという絵画5点が番組に登場。

鑑定の結果は、見事すべてガラクタ。贋作とも言えないようなド素人でも一目でわかる幼稚な絵画ばかり。まるでミレーらしくないミレーとか、山下清とはとても見えない山下清とか。爺さんは(88歳というが)「ハハハ」と笑うだけ。

なんでも先祖代々の農地が40億円で売れて、爺さんは「美術品」収集に凝る人生とのこと。ニッポンの農業問題の根源はこの辺りにある。

全国の悪人ども、ビンボーな都市住民を「振り込め詐欺」なんかでたぶらかすのは止めて、こぞってカネを持っているイナカを目指せ!

またイナカ農家が作る一個五万円のイチゴ(ここ)に、都市住民のなけなしのカネをみついで、あいつらをますます金持ちにするのは止めよう!

2009年2月10日火曜日

『小説フランス革命 革命のライオン』(佐藤賢一)……これ、やばい本!

散人はビンボー人だから今どきの高い単行本は買わないことにしているのだが、息子がくれたので読んだ。やばい!面白いのだ。よかったではないかと言うところだが、なんと続きがどんどん出るのだ(全部で十冊になるらしい)。これ癖になりそう。

オヤジに続編を買わせて自分はただで読もうという息子の深慮陰謀であったか。

フランス革命は小説的な出来事だから、小説として読むのが正しい勉強のしかただと思う。『革命のライオン』は一番最初の時代。全国三部会のゴタゴタからテニスコートの誓いあたりまで。ミラボーがすごくよく描かれている。ミラボーに泳がされているバイイやシェイエスも所詮あの程度の人間だったんだろうね。ミラボーは自分が死んだあとの「革命」指導者としてまだまだ青臭いロベスピエールに目を付けるのである。面白いよ。





表紙の装幀がいい。ミラボーの顔とルイ16世らしいアホ坊やの姿は、実に雰囲気が出ている。なんでもあんとに庵さんの力作らしい(ここ)。この調子で続編もお願いします。

2009年2月6日金曜日

2/6 Today グスタフ・クリムトが死ぬ(1918)

グスタフ・クリムト - Wikipedia: "グスタフ・クリムト(Gustav Klimt, 1862年7月14日 - 1918年2月6日)は、帝政オーストリアの画家。

女性の裸体、妊婦、セックスなど、赤裸々で官能的なテーマを描くクリムトの作品は、甘美で妖艶なエロスと同時に、常に死の香りが感じられる(若い娘の遺体を描いた作品もある)。また、「ファム・ファタル」(宿命の女)というのも多用されたテーマである。『接吻』に代表される、いわゆる「黄金の時代」の作品には金箔が多用され、絢爛な雰囲気を醸し出している。(琳派の影響も指摘される)"
画像はクリックで拡大。まさに西洋琳派。

なぜオーストリア人なのに琳派なのか? 琳派とはスタイルであるからだ:
Letter from Yochomachi (Blogger): 「琳派とは、”スクール”ではなく、”スタイル”である」: "それに引き替え、昨今のニッポン芸術界では、「スクール」が幅を利かせているな〜。親分子分の関係。「文壇」とか「○○賞」とかいう言う権威主義もそう。またNHKが大好きな伝統芸術の「職人芸」の世界も所詮は「スクール」の世界。これでは閉鎖集団のメシのタネとはなっても、世界的な普遍性は持ち得ないのだ。目からウロコである。"

2009年2月1日日曜日

2/1 Today バスター・キートンが死んでしまった日(1966)

バスター・キートン - Wikipedia: "バスター・キートン(Buster Keaton, 1895年10月4日 - 1966年2月1日)はアメリカの喜劇俳優、映画監督、脚本家。本名はジョセフ・フランク・キートン(Joseph Frank Keaton)。チャーリー・チャップリンやハロルド・ロイドと並び、「世界の三大喜劇王」と呼ばれる。体を張りながらも、無表情で一途な役柄を特徴としたことから、「The Great Stone Face(偉大なる石の顔)」というニックネームがつけられた。その表情と命がけのアクションとのギャップがファンに愛されている理由の1つだともいえる。"
とにかく面白いのだ。You Tube でいいのを見つけた:



難しくないのが一番。

2009年1月29日木曜日

1/29 Today レオナール・フジタ(藤田嗣治)の忌日(1968)

藤田嗣治 - Wikipedia: "藤田 嗣治(ふじた つぐはる、Leonard FoujitaまたはFujita, 男性, 1886年11月27日 – 1968年1月29日)は東京都出身の画家・彫刻家。現在においても、フランスにおいて最も有名な日本人画家であり、明治以降の日本人芸術家で藤田嗣治ほどの成功を海外で収めたものは他にいない。猫と女を得意な画題とし、日本画の技法を油彩画に取り入れつつ、独自の「乳白色の肌」とよばれた裸婦像などは西洋画壇の絶賛を浴びた。エコール・ド・パリ(パリ派)の代表的な画家である。

戦時中日本に戻っていた藤田には、陸軍報道部から戦争記録画(戦争画)を描くように要請があった。国民を鼓舞するために大きなキャンバスに写実的な絵を、と求められて描き上げた絵は戦場の残酷さ、凄惨、混乱を映しており一般に求められた戦争画の枠には当てはまらないものだった。しかし、彼はクリスチャンの思想を戦争画に取り入れ表現している。

戦後になり、日本美術会などにより半ば生贄に近い形で戦争協力の罪を非難された彼は、渡仏の許可が得られると「日本画壇は早く国際水準に到達して下さい」との言葉を残してパリへ向かい二度と日本には戻らなかった。フランスに行った後、「私が日本を捨てたのではない。日本に捨てられたのだ」とよく藤田は語った。その後も、「国のために戦う一兵卒と同じ心境で書いた」のになぜ非難されなければならないか、と手記の中でも述べている。

パリでの成功後、そして戦後と、生前の藤田はついぞ日本社会からは認めてもらえなかった。近年になってようやく藤田の回顧展が日本でも開かれるようになった。"


フジタの戦争画の多くは(普通のフジタの画とともに)竹橋の国立近代美術館に常設展示されているが、立派なものである。戦後、日本画壇はフジタを痛烈に批判したが成功者に対する嫉妬からに過ぎない。いまだに世界的に知られている日本の画家はフジタしかいないのだ。ああいう閉鎖的サークル(画壇とか文壇とか)はいやらしい。

今やっているフジタ巡回展:

http://leonardfoujita.jp/#schedule

2008年12月5日金曜日

12/5 Today モーツアルトが死ぬ(1791)

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト - Wikipedia: "ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(ドイツ語:Wolfgang Amadeus Mozart, 1756年1月27日 - 1791年12月5日)は最も有名なクラシック音楽の作曲家の一人である。ハイドン、ベートーヴェンらとともに古典派と呼ばれる。
オーストリアの都市であるザルツブルクに生まれ、ウィーンで没した。称号は神聖ローマ帝国皇室宮廷室内作曲家、神聖ローマ帝国皇室クラヴィーア教師、ヴェローナのアカデミア・フィラルモニカ名誉楽長など。

1791年、モーツァルトは『皇帝ティートの慈悲』、『魔笛』、クラリネット協奏曲と作品を次々に書き上げ精力的に仕事をこなしていたが、『皇帝ティートの慈悲』上演のためプラハに行った時にはすでに体調を崩し、薬を服用していたという。レクイエムに取り組んでいる最中の11月20日から病床に伏し、2週間後の12月5日0時55分に死亡した。死に際して聖職者たちは来るのを拒み、終油の儀は受けていない。"


モーツアルトの全楽譜がデジタルで公開されている。個人用の使用目的であれば無料:

NMA オンライン
新モーツァルト全集:デジタル版
: "国際モーツァルテム財団とパッカード人文研究所が共同で運営するこのウェブサイトは、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの音楽作品を個人的、学術的、 あるいは教育目的で広く容易に入手できるよう一般公開するものです。それが商用であろうとなかろうと、このウェブサイトの内容を大量にダウンロードしたり、再利用したりすることは禁じられています。 私は、このウェブサイトを個人的な研究のために限定して用いること、コピーをする場合には著作権法上の「公正利用」原則に基づく、個人利用目的以外には作成しないことに同意します。 個人利用目的は、ライセンス合意に定義されています。"